2009年01月06日

あけましておめでとうです☆

久々に実家に帰省して参りました。
今年も一年間元気にがんばるぞ〜!
posted by 四国高速バス at 21:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月10日

ニ岡さん。。

朝起きたら、二岡さんにビックリしました、
ファンだったのに。。
posted by 四国高速バス at 21:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

久々更新です

最近更新滞り気味です。
仕事忙しいっす!
posted by 四国高速バス at 01:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

ジャイアンツ

ジャイアンツって良く考えたら、
移籍組だらけだね。
改めて考えてみたらぞっとした。
posted by 四国高速バス at 22:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

四国

四国(しこく)は、日本列島を構成する島の一つ。本土四島の中では最小。五畿七道の南海道のうち、紀伊国と淡路国を除いた阿波国・讃岐国・伊予国・土佐国の4つの令制国が存在したことから、近世以降は「四国」と呼ばれた。今日では、徳島県、香川県、愛媛県、高知県の4つの県で構成されている。

四国本土と付属島(小豆島、大三島、大島、中島、伯方島など)で「四国地方」を成す。「四国」と言った場合、通常は「四国地方」を意味するため、島について述べる場合には「四国本土」や、便宜的に「四国島」と呼ぶこともある。

四国地方を構成する4県(徳島県・香川県・愛媛県・高知県)は、島内交流と合わせて、本州との交流も盛んである。東部の徳島県は政治・経済・文化において近畿地方の影響を受けており、北東部の香川県は文化・経済の両面で岡山県との繋がりが深く、北西部の愛媛県は広島県や九州の大分県との交流が見られる。

古代においては伊予之二名島(伊予二名洲、いよのふたなのしま、いよのふたなしま)または単に伊予島(伊予洲、いよのしま、いよしま)、二名島(二名洲、ふたなのしま、ふたなしま)と呼んだ。「フタナ」は二並びの意。

posted by 四国高速バス at 22:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月29日

バスの歴史

バスの起源は17世紀にフランスのブレーズ・パスカルが考案した「5ソルの馬車」と呼ばれる乗合馬車である。比較的安価な運賃で利用でき、一定の経路を時刻表にしたがって運行するなど現代のバスと共通する特徴を持っていたが、十数年で廃止された。

現代まで続くバスの起源であり、かつ「バス」の名の由来となったのは1825年にフランス・ナントで運行を開始した乗合馬車である。ナント郊外で公衆浴場を経営していた退役軍人スタニスラ・ボードリーは、ナント市の中心部と浴場の間で送迎用の馬車を運行していた。ボードリーは市民が彼の馬車を浴場へのアクセスとは無関係な移動の手段として利用していることに気づき、乗合馬車の事業化に専念することにした。

「バス」の語源は、ラテン語で、「すべての人のために」という意味のomnibus(オムニブス)から来ている。ボードリーが乗合馬車事業を始めたころ、ナント中心部のコメルス広場にはオムネ(OMNES)という帽子屋があり、「OMNES Omnibus」という看板をかかげていた。この看板が馬車乗り場の目印ともなったことから、馬車の方もオムニビュスと呼ばれるようになり、みんなのための車というvoiture omnibus という語が生まれた。

同様の交通機関はomnibusの名とともにパリ(1828年)、ロンドン(1829年)、ニューヨーク(同)など世界中に広まった。後にomnibusが英語読みで短縮されて「バス」となった。乗合馬車は前部に馬を操縦するための運転席を、後部に人員を輸送するための客室を備えていた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
posted by 四国高速バス at 16:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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